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お勧めの本: 『メタセコイア』(中公新書)

 投稿者:安井(6期)  投稿日:2007年10月 9日(火)13時40分33秒
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  独立行政法人 科学技術推進機構からの依頼で、この夏から中学生向けの本の書評を書いています。ブックナビというホームページで活字になっています。http://www.kagakunavi.jp/booknavi/list#top 第一弾はカラスについて書いてみました。良かったら読んでみてください。

第二弾は、メタセコイアについて、より正確に書くと『メタセコイア』という新書について書きました。10月22日頃に掲載される予定です。原稿はすでに入稿だれたのですが、大幅に字数がオーバーしてしまったのですが、そのためにだいぶ削ってしまいましたが、削る前の原稿を紹介します。幻の原稿になってしまいましたが、ご笑覧いただけたら幸いです。

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お勧めの本: 『メタセコイア』(中公新書)

【メタセコイアという木】
メタセコイアという木がある。別名、アケボノスギ。スギ科に属する落葉針葉樹のひとつである。春から夏にかけて緑が美しく、清涼感のある香りが豊かな木である。秋は燃えるように紅葉し、そして落葉する。1941年に三木茂という駆け出しの若い植物学者が和歌山・岐阜両県の地層から出土した化石から発見し命名したものである。百万年前に地球上から消滅したと考えられていたが、くしくも同じ年に現生のものが中国四川省の奥地で発見され、「生きている化石」として世界を驚かした。本書『メタセコイア』は、このメタセコイアの発見をめぐるエピソードと、命名者である三木茂について書かれたものである。

【メタセコイアと私】
個人的なことで恐縮だが、つづく数行を堪忍して欲しい。『メタセコイア』を読みながら、書評者はこのメタセコイアといろいろ縁があるものだなとタメ息をついた次第である。やや乱暴に整理してみると、こんな具合である。兵庫県にある故郷の隣町に、メタセコイアの命名者である三木茂博士が生前住んでいた家がある。著者の斎藤氏に電話で確認をとったところ、三木博士(1901-1974)が生前に自宅の庭に植えた1本のメタセコイアが、今も「屋根をはるかに越える高さまで生い茂っている」そうだ。また書評者が実に愉快な高校生活を過ごした全寮制の高校は、校章にメタセコイアの葉をあしらっていた。2001年に廃校になったあとも、敷地内をまっすぐ走るメインストリートの両側に、メタセコイアのりっぱな並木(84本)が今も整然と並んでいる。そして、たまたま今住んでいる東京都杉並区の木に、メタセコイアが選定されている。そのせいで、区内の区立学校や公園、あるいは街路樹としてメタセコイアが生い茂っている。そのほか、メタセコイアの葉を浸した酒づくり等いろいろあるが、これらはとりあえず割愛。

【探検記でもある『メタセコイア』】
さて、この『メタセコイア』である。『メタセコイア』は、主題であるメタセコイアと、その命名者の三木茂を中心に書かれたものだが、決してありきたりな植物学の入門書ではない。むしろ読み物本である。また、読む人を熱中させる探検記でもある。

【三木茂とメタセコイア】
『メタセコイア』の主人公・三木茂は、本人が回想しているように、「とくに趣味もなく、自然研究を趣味のひとつとして小さな歩みを続け・・・」、また「モグラのような」人生を送った学者だったようだ。さらに「一滴の酒を飲まず、タバコもすわない謹厳」なフツーの人だったようだ。想像するに、誰に対してでも誠実で、もの静かな学者のイメージが脳裏に浮かぶ。植物を含む自然界に対する姿勢はこうあらねばならないと思う(自戒を込めて・・・)。控え目の人物であったが、行動範囲は広く、日本国内はもとより、中国や南はニューギニア島とボルネオ島まで足を伸ばしている。動物学者であり、登山家・探検家だった今西錦司とも交友関係があったこと(今西の求めに応じて京都探検地理学会の発起人になった)からして、行動的なフィールドワーカーだったと言えよう。きっともの静かな性格からして、「不言実行」の人であったと思われる。

【北極圏探検記としての『メタセコイア』】
順序が逆になってしまったが、本書では三木茂によるメタセコイア発見の前奏曲として、北極圏の極地探検が用意されている。19世紀のイギリスが輩出した著名な極地探検家ジョン・フランクリン(1786-1847)を先頭に、ロバート・マックルーア(1807-1873)、そしてスウェーデンのアドルフ・エリック・ノルデンシェルド(1832-1901)が主役として登場する。59歳にして北極圏の北西航路の発見をめざしたフランクリンは志なかばにして遭難したが、彼の行方を追うマックルーア率いる捜索隊は捜索活動の中で、大量の樹木化石やまだ化石になっていない半生の木片を発見した。この中に、だいぶ後になってメタセコイアも含まれていたことが明らかになった。一方、北極圏の北東航路を発見したノルデンシェルドは母国のスウェーデンに帰る途中に日本に立ち寄り、56日間滞在した。この間に地質学者でもあったノルデンシェルドは日本各地で植物化石の採集をしたが、長崎県茂木で採集し、母国に持ち帰った化石の中には、はたして後にメタセコイアだと特定できるものが含まれていたのである。1831年に磁北極を発見したイギリスのジェームズ・ロス、そして北西航路をはじめて完航したノルウェーのロアルト・アムンゼン等も脇役として登場する。さながら彼らが登場する第一章(「発見」)は、北極探検史の概論のようだ。行間から察するに、北極探検史に対する著者の関心と傾倒は並々ならぬものが感じられる。それもその筈だ。なぜなら、著者は、西堀栄三郎や今西錦司、梅棹忠夫等、多くの優れた探検家を輩出した京都大学の系譜に属しているからだ。

【地球温暖化とメタセコイア】
『メタセコイア』で、もうひとつ忘れてはならない大切なことがある。それは、『メタセコイア』は、地球の温暖化が何であるかを考えるきっかけを提供してくれていることである。19世紀に行方不明になったフランクリンを捜索するマックルーアによって、雪と氷に閉ざされた北極圏の荒涼とした大地に、メタセコイアを含む木の化石と、木の集合体である森の化石の存在が明らかになったが、これは北極圏も遠い昔に今よりはるかに温暖な地域だったことを証明している。メタセコイアは比較的寒さに強い木(書評者も高校時代に仲間とともにそれを体感的に知ることができた)だが、研究者の間では、暖帯から亜熱帯に生える樹木の仲間であることが定説になっており、この事から今の北極圏も温暖な地域だったことが容易に推察できるのである。またそれは極地的に温暖化だったわけではなく、全地球的なレベルで、地球が既に温暖化を経験していることを物語っている。

【たかが一本の木。されど一本の木】
メタセコイア、あるいは極地探検、そして地球の温暖化に今までおぼろげながら関心を持っていた読者の中に、まだこの本を手にしていない人がいたら、是非一読をお勧めする。熱中して読める新書版の本である。身近にメタセコイアがあれば、「たかが一本の木。されど一本の木」として見えてくるであろう。

【三木茂展】
なお著者の斎藤氏(現在、総合地球環境学研究所教授)から聞いた話では、来年度(平成20年度事業)に、東京近郊の立川市にある国営昭和記念公園で、昭和天皇と関わりのあった植物学者の業績を紹介する特別展が計画されており、その中で牧野富太郎とともに、三木茂も取り上げられることになっているようだ。


斎藤清明 著 中央公論新社 中公新書 ISBN:4-12-101224-0  定価:740円(税別) 1995年1月25日発行

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